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2012.04.22 Sunday

イゾラ・ベッラとは、美しい島という意味。

 
2012.04.14 Saturday

二つの写真展/エリオット・アーウィット+ロベール・ドアノー

 
左:エリオット・アーウィット(米:1928~)写真展/日本橋三越4/11~16
右:ロベール・ドアノー(仏:1912~1994)生誕100年記念写真展/都写真美術館3/24~5/13
左:エリオット・アーウィット写真展
エリオット・アーウィットは国際的写真家集団「マグナムフォト」を代表する写真家。思わず微笑んでしまう,その愛すべき作品は,世界中の人々から高い人気を得ている。氏の前半生は波乱に満ちており、ロシア革命を逃れ移り住んだ両親のもとにパリにて生まれ、その後育ったイタリアではファシズム政権を嫌いパリ経由で米国へ亡命と言う。何故か写真家にも多いユダヤ人の一人。そういう激動の戦争世代であるが、写真はその境遇をみじんも感じさせない優しい人間観察が根底にある。その縁のあるイタリア/ローマをテーマとした展覧会。

右:ロベール・ドアノー生誕100年記念写真展
ロベール・ドアノーは報道写真やファッション写真の分野で活躍した写真家であるが町にでて数々の名作写真を手掛ける。その生来の自由な精神とイメージの釣り人と評される類い希な洞察力で日常の小さなドラマをとらえた。今もその人気は高い。「パリの市庁舎前のキス/1950」(上記写真)は最も有名な写真といわれている。

久しぶりに写真展に出向きました。エリオット・アーウィット写真展。最終日とあってかなりの来館者でした。写真は正直言って優劣の程度がわかりにくい。その場面を解説されるわけでもなく、単に美的な尺度としてはこのレベルになるとすべてが美しいからです。20世紀は写真の時代だそうです。言われればそう.映像が本格的になるのは20世紀後半からであるし。21世紀の写真は無くなりはしないだろうがどうなるのだろう。モバイル+デジタル写真はすでに生活の奥深くに入り生活の一部になっている。古き良き絵のような写真はそれでも残り続けるのであろうか。アーウィットの一番嫌いなもの。それはフォトショップだそうである。生の写真こそ美しく、そのツールは写真をだめにするものだそう。確かに建築の分野も同じで、最新の設計ツールによるCGの出来で満足してしまう危うさに似ているのかもしれない。



2012.04.07 Saturday

寒*春*桜ノ目黒探訪/お気に入りの店歩き/4月7日

 
友人と訪れたひいきの家具ショップkarfでは、フォトグラファー/あさみあやこ氏の写真展が開催中(〜4/30)
家にいるような場所/ショールームでの展覧会は雰囲気あってよい
小品が多いが,フィルム+プリントにこだわる作家のセンスが感じられる。撮影場所は北欧、英国など。
ショップは改装のため、古いアルミサッシュの内側に,木建具+味あるクモリ硝子。すっきりしていて落ち着く。
目黒通りに面しては,レトロな硝子/スクリーン。カーテンやブラインドにこのところ飽きつつある筆者には,かえって新鮮!
部屋の間仕切りとして利用可能な棚。ショップオリジナルで国産。
目黒通りに面する別の家具ショップの欄間。古い木造のショップ。なつかしなつかし。樹種はケヤキか?
ホテルクラスカのショップ。変化ある段差のインテリアに服ショップ。もはや服だけ並べても今風ではないのであろう。雰囲気すこぶるよし。
ショップの商品。立体モビール。木製で軽量なのがミソ。カッコイイ!
karf:
http://www.karf.co.jp/products/index.html
ホテルクラスカ
http://www.claska.com/

2012.03.27 Tuesday

鉄川与助(1879−1976)の教会のこと その2

 
与助設計の 紐差教会(1929年竣工.平戸島)筆者によるイメージ画-2000年
鉄筋コンクリート造の教会。
紐差教会内部天井:LIXIL BOOKLET冊子より
コンクリートの梁をあらわし,囲まれた部分を幾何学と花文様で埋めるデザインは以後多用される。
日本基督教団金沢教会礼拝堂(2002年竣工:筆者設計)
現在の座席配置は祭壇に近づき囲む形が多い。説教主体のプロテスタント教会はもちろん、カトリック教会も1960年代頃からその形式を採用し始めて今日に至る。

頭ヶ島教会(1919年,上五島町)LIXIL BOOKLET冊子より
唯一の石造教会。人里離れた場所の為,土地産の石材利用が必須条件であった。実に10年をかけて建設。内部は天井高さを押さえた木造の優しいデザイン。西欧の伝統の様式を踏襲。与助の教会の座席配置は伝統的な長堂式である。規模もそれほど大きくないせいか祭壇までの距離は短い。それが親密で暖かい雰囲気につながっている。祭壇のみに向かう意識は集中力を高め、日常の礼拝行為でも一人たたずむにはよい。よって長堂式の良い部分も多いに感じる。

2012.03.26 Monday

鉄川与助(1879−1976)の教会のこと その1

 
旧野首教会(1908ー明治41年) LIXIL BOOKLET冊子より
五島小値賀(おじか)島沖に浮かぶ野崎島.この島には仏教徒の住む野崎、キリシタンが住む野首と舟森の三つの集落があり,最盛期でも人口647人(S36)。昭和40年代後半には無人島となる。現在修復され県文化財。自治体の町おこしの一環に組み込まれ訪れることも可能。これ以上の風景はないような絶景の場所にたつ教会である。この小さな島に立派すぎる教会の建設とはどのようなことであったのか、知れば知る程不思議に思う。
下記は小値賀島のサイト:http://www.ojika.net/index2.html
鉄川与助写真。 LIXIL BOOKLET冊子より
水の浦教会内部(1995.4/29 筆者撮影)
木造によるリブヴォールト天井。柱は天井と屋根も支えており,合理的な構造となっている。土地の船大工の技術を借りて,木材を曲げ加工したという。そういう意味でも土地ならではのものである。
与助最初のレンガ造建築という、旧野首教会正面。壁はレンガ積壁で囲み内部の天井と屋根は木造という,以後繰り返されるスタイルのはじめのもの。関東大震災にてレンガ建築の脆弱さにより、それまでの形式は捨てて当時,出始めた鉄筋コンクリート造をいち早く取り入れる意思は見事と言える。氏の現実的な資質がうかがえる。LIXILギャラリーにて開催中。

2012.03.20 Tuesday

町の小さな教会(シチリア島ーアグリジェント) 1996.7

 
2012.03.13 Tuesday

少年時代のあこがれの車と再会(マツダ/ルーチェ・ロータリークーペ 1969年)

 
すべて緩い曲面でつくられている流麗なスタイリング。フロントガラス両サイドの屋根を支えるピラーは極限に近い細さである。
ハードトップクーペ独特の流れるようなラインは美しい。車体の黄色みがかったクリーム色の車色もよい。
フロント部のエンブレム。マツダのmとロータリーの部品の三角形があしらわれている。懐かしいロゴである。磨き上げられたバンパー。

東京の町中を歩いていて素敵な車を発見。すぐに車名まで思い出す。ルーチェは当時から,あこがれの車だった。子供ながら品の良い,かっこいい車だと感じていたのを思い出す。国産車でありながら設計者はイタリア人であることを知ったのは随分後だった。その設計者は有名なイタリアの自動車設計工房であるベルトーネに当時在籍していた若きG・ジウジアロー氏である。 ご存知の通り氏はその後数々の名車の設計で巨匠となる。FF水冷ロータリーエンジン654*2cc。マツダの命運をしょって開発されたロータリーエンジンの初期搭載で当時話題になったそうです。ロータリーエンジンはエネルギー伝達効率はすこぶるよいが、機械的精度がかなり要求される高度な技術だそうである。期待されて制作されたのは976台。同じ設計者によるisuzu117クーペと比べ短命だったのは不運でした。昔の車は魅力的である。それは設計者のデザインに手の跡が残っているように感じるからかもしれない。
2012.03.08 Thursday

脇役であるはずの現場事務所は主役のように立派だった!

 
京橋の大通りに面した,大規模再開発現場の現場事務所。これほど完成度の高い現場事務所はめずらしい。ピロティー付き4階建てである。窓+エアコン置き場/バルコニーとトイレ?+手洗い流し/ボックスの二種類の出っ張りがリズム良く並んでいるのが面白い。
東京駅保存建て替えの現場事務所。規模と形ともにこれほどの現場事務所ははじめて見た。既存排気塔?を抱え込みつつ増殖したような形に見える。
5階建て。密集し積層する建築。

現場事務所は工事が始まり真っ先に敷地内に設営されるものです。その大きさや位置,形はそこに新築されるであろう建物を予想させるサインでもあるのです。つまり大きな現場程,関わる人たちの仕事場や控え所や作業場はふえて自づと現場事務所も大きくなるからです。京橋の事務所などは広い敷地とはいえ都心の場所であり、苦心してのスペース確保のため目立つ道路側に積層せざるを得なかったのでしょう。仮設建築とはいえ、美的にも配慮されているとおもえるほどの機能美があると感じます。仮設建築は災害時やローコストの建築などに応用されつつあると聞きますが,おおいに発展すれば良いと思いました。その地球に優しい「再利用+移築可能/部材の共通化」などの技術は、大いに注目です。

2012.02.28 Tuesday

用・強・美 の H・ウェグナーの名作椅子

 
最も有名な通称Y−Chairと呼ばれるCH24(1943)
まず意表をつくデザインは後ろ脚とアームの形である。よく見るとアームを支える後ろ脚は曲線に切り出した2次曲線部材で、これを傾斜させて組み立てることによって、3次曲面に見えるようになっている。また、背板はY字(Yチェア)にすることによってアームの曲線部分に無理なく取り付けられている。その座り心地の良さは、座枠を前後と左右を段違いとし、ペーパーコードで編み上げられた面がなだらかな凹面状の曲面となることで生まれる。と同時に段違いの接合部は脚との接合においてより堅固な構造となった。その特徴あるデザインは中国の仏事に使われる曲録椅子にインスピレーションを得たとも言われている。
曲録椅子
僧が法事のときに用いる椅子。背もたれの部分が丸く,交脚の折りたたみ式が一般的である。Y−Chairと確かに似る肘と背板と脚のデザイン。Y−Chairの後ろ脚はやや回転させて肘に取り付けてあり、デザイン的に一挙にエレガントになっている。そこに注目出来ることが非凡なデザイン感覚といえるであろう。
CH-38 (1963) 
控えめなデザインのごく普通の椅子ながら 、使うほどに味わい深さ、親しみが生まれてくるウェグナーならではの作品。静かで精悍だけど優しくもある表情をもつ。有名なCH-36と同じく、米国の伝統の古いシェーカー椅子に着想を得たと言われる基本デザイン。二本の前足が座面より高く、着座時に脚が開かないような仕掛けはシェーカー椅子に似る。
背面
「前足間隔が後足間隔より程よく大きいため重なって見える」という有名なアングル。背板は複雑な曲面となっており着座時に見事に違和感無しに体に馴染む。
シェーカー椅子
18世紀後半から19世紀にかけて米国ニューイングランド地方でマザー・アン・リーをリーダーとするシェーカー教徒によって創られたものである。
シェーカー教徒は厳格な清教徒で、規律を重んじ、労働を尊び、その労働によって高い精神性を保てると信じていた。最小の部材と最小断面によるフレームの組み方は理にかなっている。前述のように座面の前後と両サイドのフレームの組み方は段差がついており、布テープで張り上げると体に馴染む曲面となる。Y−Chairの座面も同じ構造である。現在は日本でも組み立て椅子として通信販売しており、誰でも手作り出来るというユニークな椅子。

日本の椅子文化は戦後から始まったと言ってよいであろう。言うまでもなく諸外国では固く冷たい地面で直接生活しているため椅子は生活には不可欠である。特に寒く暗い北欧では長い冬を椅子とともに長く接することになる。森に囲まれる土地であるが、気候は厳しすぎて生育する木も細い。家具デザイナー達は木取りを工夫し、新しい木の積層技術により厚板を作り、曲げた。その家具デザイナーの代表者が、デンマーク生まれのH・ウェグナーである。使い勝手の良い「用」50年経ってもびくともしない強度の「強」。そして彫刻作品のように美しい「美」。用・強・美ー兼ね備わっていることが、今も継続した人気の理由であろう。輸入家具市場での、この作家のビンテージ家具は今も大人気であると聞く。

2012.02.15 Wednesday

東京駅と東京中央郵便局の大改修。いよいよ形が見えて来た!

東京駅南口付近。以前の建物は戦災の爆撃により二階までの外壁のみが残されたものを急遽修復したものとのこと。写真中央付近から右側の三階部は新たに増築され、左のドーム屋根とともにオリジナルの形に戻された。屋根材のスレート石は石巻産。震災で被害を受けながら施工されたと聞く。旅人を迎える南口ドーム天井のある吹き抜け空間は印象的。ただ終着駅でありながら中間駅である理由からか諸外国の主要駅に比べ駅は小さい。
東京中央郵便局正面部。外壁のみ保存。列柱が並ぶ古典の意匠(三井本館など)を壁の凹凸の表現に置き換えたデザインは、現代建築のハシリをイメージさせる。カーブした敷地にそった外壁上部の水平ライン小庇が数少ない装飾として効果的。戦後の現代建築(特に丸の内、大手町界隈)ではオフィスビルの典型として模倣されたデザインであるが、ここがオリジナルであり、そういう意味でも貴重と言える。
遠景。背後にそびえるガラス張りの高層建築(設計:三菱地所設計+H.ヤーン)。この界隈(丸ビル、新丸ビルその他)は旧郵便局の約30mの高さで低層部がそろえられ、デッキや歩道橋もなく歩いていて気持ちよい。その点は新宿副都心と違う。ただ車が少ないにも関わらず変にだだっ広い駅前空間の整備を期待したい。高層建築に住宅を併設して人のにぎわいを生んではどうかとも思う。
2007年の付近の写真。隣り合う名建築。南口の屋根は八角形の傾斜屋根であった。超高層建築に囲まれた駅付近。

話題となっていた東京駅と東京中央郵便局の大改修が完成しようとしています。戦前戦後と我が国の発展の象徴であった両者の建物なので、これからもその役割を担い続ける必要ありとされ再生されたのでしょう。建築物としては日本の建築の歴史のなかでは外せないという価値はあり。東京駅(1914年竣工)の設計者は辰野金吾。明治期の公共建築を、日本人としてはじめて手掛けたと言って良い人が手掛けた最晩年の作品。一方東京中央郵便局(1931年竣工)は吉田鉄郎。郵政官僚建築家であり、歴史的様式の建築から現代建築への移行期に西洋現代建築を日本に紹介した人です。丸ビルや新丸ビルなど建て替えられ、どんどんこの界隈はきれいになっていますが、そういった建物群に囲まれた駅前の雰囲気はそれほど変わらないということは良いことかもしれません。



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